やらまいか大使メッセージ
渥美雅子さんからのメッセージ |
JR東海の新幹線で浜松方面に出かける時、それだけで心が躍る。車窓から富士山が見え、茶畑が見え、浜名湖が見え、弁天島の赤い鳥居が見える。浜名湖の鉄橋の上では新幹線どうしがよくすれ違う。1日何回すれ違うのか、ダイヤを仔細に調べれば自ら割り出せるのではあろうけれど、まだやったことはない。一度市民にそんなクイズを出してみてはどうだろうか。
クイズをもうひとつ。上りの新幹線で富士山が右側に見える地点がある。どこか。答えを言ってしまおう。安倍川を渡って静岡駅に向かう、そのほんの一瞬である。つまり東に向かっている列車が駿河湾沿いに北上する、その10秒ぐらいの間、富士山は確かに右に見えるのである。私はその富士を見る為に上りの切符は必ず右側の席を取る。これは郷里が浜松でなかったら、静岡県でなかったら味わえない感動であろう。
最近、浜松の有難さをしみじみ感じているのはスカーレットみかんである。みかんは伊予みかん、紀州和歌山のみかんなど産地は様々あるがスカーレットは甘さが違う。だからお歳暮はすべてこのみかんにする。浜松市浜北区貴布祢に夫の姉が住んでいるので、1年前から姉に頼んでおいて友人・知人に送ってもらうが、皆このみかんの甘さにびっくり仰天している様子がよくわかる。そして礼状の中に<もし来年もいただけるものなら是非このみかんを>等と書いてくる厚かましい族も居る。
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渥美雅子/弁護士
■出身地 静岡県浜松市 ■略歴 1963年中央大学法学部卒業
1966年より弁護士開業。
多彩な弁護士活動の中でも家族、相続、DV(ドメスティックバイオレンス)等の問題を得意としている。また、講演や執筆活動など幅広く活躍中。 現在、女性と仕事の未来館館長、高齢社会をよくする女性の会監事、千葉県人権問題懇話会委員、千葉県公害審査会委員、ほかを歴任。
2005年男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰。 プライベートでは以前から親しくされていた講談師の宝井琴梅(たからい きんばい)・琴嶺(きんれい)先生の協力を得て、1997年11月渥美講談塾を開設。法律事務所の会議室に手作りで高座を作る。塾生も30名程集まり、ボランティアで老人施設などを慰問している。高座名は渥美右桜左桜(あつみ うおうさおう)。
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瀧川鯉昇さんからのメッセージ |
「寸法」という言葉がある。
“ここち良さ”のことである。 私は浜松で生まれ育ってメモリを刻んだのだから、故郷帰りをすれば、居ごこち、寝ごこち、着ごこち、食べごこち、酔いごこち、ころびごこちまで、ピタッと寸法にはまるわけである。 旅または転勤で、浜松の風にあたり、水を飲んだことのある人に会うと「浜松はいいね。ゆっくり生活してみたいところだね。」と、よく言われる。 からっ風と、あたたかさ、浜松の物指しはかなり伸び縮みをする。幅の広さがあるようだ。 せめて一泊してもらえると、多くの旅人にも自分の寸法に合ったここち良さを味わってもらえる街であると思っている。 |
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瀧川鯉昇/落語家
■出身地 静岡県浜松市 ■略歴 1953年(昭和28年)2月11日
静岡県立浜松西高等学校、明治大学農学部卒業。 1974年4月、8代目春風亭小柳枝に入門、柳若(りゅうじゃく)となる。 1977年2月、5代目春風亭柳昇門下となる。 1980年2月、二つ目昇進。愛嬌(あいきょう)となる。 1990年5月、真打昇進。春風亭鯉昇となる。 2005年1月、亭号を改め、「瀧川鯉昇」となる。 <受賞歴> 1983年、「NHK新人落語コンクール」最優秀賞受賞 1996年、「文化庁主催51回芸術祭」優秀賞受賞 2002年、浜松ゆかりの芸術家 顕彰 2007年から浜松市やらまいか大使 |



20代の頃、浜松まつりに参加したときに大勢の人達に胴上げをしてもらった事がある。
生まれた日のことを、覚えていますか?
「浜松は我がふる里」
ある日、「快晴です!」とだけ書かれたメールが同僚から届きました。なんだろうと思って添付写真を開くと、そこに映るは水面も輝く大きな湖。ロープウエイ。こじんまりとした町並みの向こうに大海原も広がっています。これはまさか、大草山から見た舘山寺温泉エリアなのでは?そう、まさに子供のころから見慣れた美しい浜名湖の景色!
浜松で生まれ、育ち、浜松を離れ、早12年が経ちました。最近、雑誌の取材なので、記者の方から、「ご出身はどこですか?」と聞かれ「浜松です。」と答えると、ほとんどの記者さんは、「ほおっ なるほど そうでしたか。」とみなさん頷きます。作曲家として活動していくなかで、こうして音楽の街として全国に定着した浜松という街の出身ということは、自分にとって一つの強味になっています。
浜松の素晴らしさは、1番は、浜松で生まれた自分にとって昔からある伝統的なお祭り、浜松まつりかな。小学校の頃から、昼は中田島砂丘で凧揚げ合戦、夜は華やかな屋台引き。浜松の人の気質は、豪快で、明るく、負けず嫌い。行動力は、浜松まつりで培われたものなのかなあと思い、浜松まつりをあげました。



私は浜松市で幼少から高校卒業まで育ちました。浜松の良好な気候、豊かな自然のおかげで感受性も育ち音楽家としてもそれを生かせていると思っています。
私がブラジルを離れ、家族と共に日本へやってきたのは、今から20年ほど前でした。
